時代の風




○ケンプラッツ連載 〜 到来!コンセッション方式(7) 〜

《海外事例に見る道路事業の課題》
 コンセッション方式による海外の道路事業を紹介した連載第4〜6回では、同方式が抱える課題や問題点が顕在化し始めていることにも触れた。今回は、先行する米国の事例を通して明らかになってきたコンセッション方式の課題を整理する。

1.公共政策の観点から「私益に偏りすぎる危険はないか」との指摘
 コンセッション方式は、財源不足に悩む公的機関にとって短期的には魅力のある事業形態である。既設道路の事業運営権を売却すれば、多額の前受け金が手に入る。また、将来の事業運営権を譲渡すれば、税金を投入することなく新設の道路を建設できる。
 だが、良い面ばかりとは言えない。コンセッション方式が急増した米国では、公共政策の観点からいくつかの課題が指摘されている。以下に主たるものを列記する。
(1)料金値上げ幅が妥当であることをどう担保するか?
(2)民間事業者の合理的な収益率をどのように設定するか?
(3)コンセッション期間は長すぎないか?
(4)前受け金は適切な目的のために使われているか?
(5)競合路線の建設について制約がありすぎないか?
(6)民間事業者が破綻した場合の対応策は十分に用意されているか?
(7)コンセッション期間満了後の返還条項は十分に議論されているか?
(8)道路の維持管理水準は十分に高いレベルを確保できるか?

 上記の課題に通底していることは、コンセッション契約が私益に偏りすぎる危険はないか、という心配である。逆に、民間事業者の立場からは、公益に偏りすぎて私益が犠牲にされすぎることはないか、という心配が生じる。
 つまり、コンセッション契約、広く考えればPPP(Public Private Partnership)事業方式は、公益にも偏りすぎず、私益にも偏りすぎないバランスの取れた契約を目指す必要がある。有料道路事業が公益事業である以上、それが民間の手によって経営される場合であっても、公益性を犠牲にすることは許されない一方、あまりにも民間の利益を犠牲にすれば、手を上げる民間事業者が減ってしまう恐れがあるということだ。

2.ダブル・ボトム・ラインの達成が目標
 ソーシャル・ファイナンス(Social Finance:社会的貢献金融)の用語の中に、「ダブル・ボトム・ライン」という言葉がある。ダブル・ボトム・ラインとは、帳尻のことである。一つは収支計算の帳尻、すなわち金銭で測定した最終的な損益である。もう一つは、金銭では表示できない社会貢献の最終的な帳尻である(神座保彦著、「概論ソーシャル・ベンチャー」、ファーストプレス、2006)。
 有料道路を私企業がコンセッション方式で運営するような場合、たとえ私企業による経済的活動であるとはいえ、その公益性を無視することは許されない。なぜなら、有料道路事業は公益サービスであるからだ。したがって、経済的利益と社会的貢献という2つの側面を達成することは、有料道路のコンセッション事業においても重要である。つまり、ダブル・ボトム・ラインを満足することが、バランスの良いコンセッション契約であると言える。
 米国で湧き上がっているコンセッション契約に対するいくつかの批判も、根本をたどれば、私企業が儲けすぎていないかという不公平感である。これを解消するためには、民間事業者の利益の妥当性を検証しつつ、公益保護の観点から民間事業者に対して適切な規制をかけていくこと、すなわち、ダブル・ボトム・ラインの達成が公的機関の果たすべき役割となるだろう。

3.契約で固守すべき原則とは
 シカゴ市がパーキングメーター管理事業をコンセッション方式で契約した際、寄せられた様々な批判を基に、イリノイ州PIRG教育基金が提言した「契約で守るべき6つの原則」というものがある(“The Need for Transparency and Accountability in Chicago’s Public asset Lease Deals”, Illinois PIRG Education Fund, 2010年10月)。その原則とは以下のようなものだ。
・広い意味での公益に影響する決定は、公的機関が統制力を保つこと
・将来収入が額面以下で売却されないよう、公的機関は十分な金額を受け取ること
・コンセッション期間は30年以内とすること
・維持管理並びに安全基準については、その時点での最新水準で契約すること、最小水準であってはならない
・民営化提案に関しては、適正な調査ができるよう完全な透明性を確保すること
・契約交渉の担当機関並びに最終契約条件は、立法府が承認する上で十分な説明責任を果たすものであること

 また同時に、これらの原則を実践する上で、手続き上、必要となる予防措置として次の項目を定めている。
・契約合意書の最終条件の公表と投票による議決までの期間として、最小30日間を設けること
・競争による透明性の高い入札を実施すること
・入札に関連する企業から献金を受けた議員からは、議決権を剥奪すること
・徹底的かつ独自の資産価値分析を行うこと、他の選択肢との比較も行うこと
・速やかに全ての入札関連図書を公開すること
・売却による収入の使途に関し、明白な指針を打ち出し、使途の追跡を容易にする手法を開発すること
・民営化に関わる全ての書類を適正な時期に公開すること

 「契約で守るべき6つの原則」は、公益保護の観点からコンセッション契約において守るべき基本的な原則についてを、「必要となる予防措置」はいずれも実践上、不可欠な手段についてを述べている。いずれも、契約上の精神として遵守すべきものばかりだと思う。

4.どんな時、コンセッション契約は有効か?
 コンセッション契約については、例えば、公共側が将来の事業収入の全ての価額を受け取るわけではないとか、前受け金は将来の事業収入に比べると極めて少ないといった批判がある。実際、シカゴ・スカイウエイやインディアナ有料道路の事例分析をしたところ、民間の投資家は20年以内に投資金額を回収するという報告がなされている。シカゴ・スカイウエイのリース期間が99年、インディアナ有料道路が75年であることを考え合わせると、投資家は十分な収益率を確保することになる。
 収益率以外にも問題はある。例えば、近隣の競合路線の建設や改良によって、コンセッション路線の交通量が低減した場合、公的機関は民間事業者に事業収入を補償する。これは、公的機関が交通政策に関わる支配力を失うことにつながる。また、リース期間が多世代に及ぶ場合、その契約が次の世代にとっても公正で効果的であるとは保証できない。

 では、コンセッション契約は実務上、どのような場合に有効だと考えるべきだろうか?それは、次のような場合である。
・民間企業による事業が、公的機関による実施よりも比較優位であることを証明できる場合
・民間によって実施されるサービス内容がきちんと定義でき、成功か失敗かを明確に評価できる基準がある場合
・民間事業者による事業の遂行が、競争によって律することができる場合
・コンセッションの取引結果について、公的機関が説明責任を果たせる場合

5.コンセッション契約の落とし穴
 実際のコンセッション契約で、公益保護の立場からどんな落とし穴があったのか。公的支配、維持管理基準、譲渡価額という3つの重要課題について、事例を中心に議論を進める。
 まず、道路政策の公的支配を喪失しかねない事例を挙げる。

 米国運輸省(USDOT)は2004年12月、コンセッション契約における“非競合条項”(non-compete clause)の採用を定めた。その結果、コンセッション路線に近接する周辺道路では、次のような変化が生じている。
・コロラド州:隣接する自治体に対して、信号を増設し、速度制限の低減を要求
・カリフォルニア州:コンセッション契約でSR-91の中央車線に新しい有料車線を増設したが、非競合条項に抵触するため、当該車線を買い戻し
・インディアナ州:少なくとも55年間、コンセッション路線である東西有料道路の10マイル以内に全長20マイルの4車線道路の建設を中断
・バージニア州:ダレス・グリーンウエイでは、州政府と民間事業者の間で、競合路線を改良しないという了解が成立
・テキサス州:SH-130では、速度制限を上げれば州政府が収入分配を得る条項が含まれている。時速70マイルを維持すれば4.65%、時速80マイルを維持すれば9%を州政府が得るという利益主導の交通計画を規定

 同様に、公的機関の新たな施策や事業の実施によって、民間事業者の事業収入にマイナスの影響が生じた場合、公的機関が民間事業者に収入補償をするという“補償条項”(compensation clause)があり、次のような実例が発生している。
・インディアナ有料道路:出口を追加し、中央分離帯に大量輸送路線を建設することによって、コンセッション路線の事業収入が低減した場合には、州政府が民間事業者に収入補償
・インディアナ州:2008年に発生した洪水時、避難誘導のために料金徴収を猶予した民間事業者に対し、州政府が44万7000ドルを支払い
 さらに、テキサス州のカミノ・コロンビア有料道路では、次のような深刻な事態が発生した。同有料道路は2000年に開通した。当初の計画では、初年度の年間収入は900万ドルを見込んでいたが、実際は50万ドルであった。このため、有料道路事業は失敗し、債券保有者は残債7500万ドルの抵当権を行使した。道路はオークションにかけられ、ジョン・ハンコック社に1210万ドルで売却された。ところが、ジョン・ハンコック社は即座に道路を閉鎖したため、公共政策上の観点からテキサス州政府が2000万ドルで買い戻した。
 以上の事例のように、契約の内容、あるいは公的機関担当者の経験によっては、交通政策の公的支配が喪失される恐れが生じる場合もある。

6.最新の維持管理・安全基準で保証を
 公的機関は、最先端の安全技術や交通体系を要求するが、民間事業者はコスト削減を第一義に考慮することが普通であり、このような要求を避けようとする場合が多い。その結果、一般的に適用可能な、いわゆる業界水準程度の安全、あるいは維持管理基準が契約に組み込まれることになる。
 インディアナ有料道路では、最新の安全基準まで上げるための施工や維持管理を行うために、州政府が民間事業者に追加の費用を支払い、かつこれらの工事を実施するためにこうむった収入低減を補償している。
 バージニア州I- 495では万一、道路が適正な状態で返却されなかった場合に備え、民間事業者は信用状、あるいは履行補償ボンドを発行するよう要求されている。また最終年度は料金の一部を留保し、良好な状態で道路が返却された時点で留保金を解除する。
 以上の事例のように、最新の維持管理基準、あるいは安全基準をコンセッション契約に反映していくためには、乗り越えるべき障壁がある。
 「資産価値に見合った譲渡価額の確保を」との指摘も相次いでいる。
 シカゴ・スカイウエイは18億ドル、99年リースで譲渡されている。これはシカゴ市民一人当たり643ドルの支払いに相当する。インディアナ有料道路は、38億ドル、75年リースである。両プロジェクトの事例分析によれば、これらコンセッション契約の収益性に関し、以下が報告されている(Dennis Enright, NW Financial, New Jersey Investment Bank)。
・民間投資家は、20年未満で投資金額を回収しそうである。
・この分析結果は、少なくともインディアナ有料道路の民間事業者であるマッコーリー社が「15年で出資は回収できる」と自ら確認している。
・75年あるいは99年リース契約と比べると、明らかに公的機関は資産価値に比べて少額しか手にしていないことになる。

 また、インディアナ有料道路を分析した別の報告(Rodger Skuiski, the University of Notre Dome)によれば、インディアナ有料道路の資産価値は、「譲渡価額の38億ドルではなく、113.8億ドル相当であった」とされている。さらに、コンセッション契約が見送られたペンシルバニア・ターンパイクの事例分析(Penn State and Harvard)によれば、「適正な資産価値は、民間事業者が提案した148億ドル(50年リース)ではなく、265億ドル(50年リース)が妥当である」とされている。
 これ以外にも、公的機関による資産価値分析の甘さを指摘し、本来得られるべき譲渡価額に対して十分な額を受け取っていない点を指摘する報告は多い。譲渡金額が不十分であることは、公的資産を資産価値以下で民間に譲渡していることを意味する。公益保護の観点からは今後、経験や方法論の開発によって、譲渡金額の精度をますます向上させる必要がある。


出典:『ケンプラッツ』 2011年8月23日掲載 「到来!コンセッション方式(7)」
http://kenplatz.nikkeibp.co.jp/article/building/news/20110819/551132/








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