時代の風




○ケンプラッツ・連載 〜 道路整備に税金は要らない(3) 〜

《維持管理費の捻出も限界》
 この連載の第2回で書いたように、インフラは経済インフラと社会インフラに大別できる。このうち、本稿が対象とするのは経済インフラである。経済インフラを供給する主体は、例えば高速道路は国、上下水道は地方公共団体、鉄道は民間企業など様々だ。だが、なかでも自治体が大きな役割を果たしていることは周知の通りである。
 今回からは、地方自治体の道路の整備と維持管理、なかでも「税金や借金に頼らない資金調達」の可能性について展望するとともに、自治体財政の今後のあり方について議論する。

1.支出の削減から収入源の確保へ
 高度成長期に急ピッチで整備された日本のインフラが急速に高齢化していく。当然、維持補修や更新にかかる費用は今後急増する。
 一例を示そう。国土交通省道路局の諮問機関である「道路橋の予防保全に向けた有識者会議」が2007年10月24日に発足した。同会議では日本の道路橋の高齢化について次のように報告している。
 ・2006年時点で、建設後50年以上の橋梁は6%
 ・それが、10年後の2016年には20%、20年後の2026年には47%に急増
 つまり、今から18年後には建設後50年以上の老朽橋梁が約半数に上る。この状況は、30年ほど前の米国に似ている。私は70年代から80年代にかけてアメリカで暮らしたが、その頃の米国は「荒廃するアメリカ」と呼ばれ、メディアがインフラの老朽化について随分騒いだ頃だ。2007年8月、米国のミネアポリスの橋梁が大惨事を起こしたことも、記憶に新しい。日本の橋梁は断じて同じ道をたどってはならない。
 半面、2002年度からは、小泉改革の施策によって公共事業関係費は毎年、減少を続けている。このため、公共事業費は1998年の約15兆円をピークに、2007年度は半分以下の約7兆円にまで減少した(図表1参照)。

図表1.公共事業関係費予算の推移


 自治体単独事業として実施している道路事業で見ても、2001年度から2005年度まで下降の一途をたどっている。道路統計年報2007の道路と街路の事業費を集計すると、都道府県や政令市では2001年度の1兆8,434億円が2005年度には1兆2,332億円に、さらに市町村では1兆7,743億円が1兆1,654億円にまで減少している。5年間で約3分の2に減ったのだ。
 こうした現実や予測に対応するため、予防保全型の管理によるインフラの長寿命化が制定され、それをサポートする技術開発や人材育成、システム構築などの施策が打ち出されている。だが、支出削減策だけでは、もう無理だ。今後、急激に増大するインフラの維持や更新需要に対応するには、支出の削減と同時に新たな収入源を確保する必要がある。
 地元の主力産業の一つである建設業が不振に陥れば、地域の人々の雇用機会は減る。雇用機会が減れば住民の所得は減少し、地域の活力は衰退し、地方自治体の税収はさらに伸び悩む。
 これまで自治体にとって、税収以外の最大の財源は国庫支出補助金や地方債であった。だが、それも三位一体改革をうたう地方分権の推進により先細りである。自治体の財政を改善しつつ地方の雇用を浮揚させるためにも、税金や借金に頼らないインフラ整備を考える必要がわかるだろう。

2.地方建設業の倒産
   国や自治体の財政が逼迫(ひっぱく)するなか、地元経済が公共事業頼みである地方自治体は、財政問題と同時に雇用問題も深刻だ。地方によっては、地元産業は農林水産業を除けば建設業がほとんどというところも多いからだ。
   2008年4月9日付のケンプラッツの記事によれば、民間信用調査機関の東京商工リサーチが発表した2007年度の全国企業倒産状況で、建設業の倒産件数は前年比5.5%の増加、倒産件数は4,090件、負債総額は約8,375億6000万円である。倒産に至った理由のうち、最大は受注不振であり、2,587件で全倒産件数の約63%に上る。受注競争の激しさ、あるいは低価格受注の影響の大きさがわかる。

3.新たな公と志ある投資
 国土交通省が2008年1月17日の経済財政諮問会議の席上で配布した「国土形成計画(全国計画、原案)」という資料がある。その第8章は、「『新たな公』による地域づくりの実現に向けた基本的な施策」と題されており、「多様な民間主体の発意による地域づくり」や、「『志』ある投資の推進」などが盛り込まれている。
 すでに欧州を初めとする成熟国家においては、財政の多くは社会保障に当てざるをえなくなり、インフラ整備に対する財政の出動は学校や病院などの社会インフラに振り向けるだけで精いっぱいだ。経済インフラは、次第に官民連携あるいは民間化に移りつつある。
 日本とて例外にはならない。経済成長期のように国や自治体の財源を道路・港湾・鉄道などの経済インフラに回す余裕は、次第になくなっていく。いや、国の膨大な借金残高で明らかなように、その余裕はすでにない。
 インフラは老朽化して更新の時代を迎える一方、政府部門にそれを更新する余力はもはやないのも同然。だが、足元にはここ十数年続く低金利情勢の下、“オールターナティブ”な運用先を求める年金基金などのファンドがある。諸外国の経緯を見るならば、日本においても年金基金の投資はインフラ投資の市場拡大を左右する要件である。
 ここに、民間資金を経済インフラに投資する賢明なオプションが登場する。日本だけが他の成熟国家とは異なるドリーム・ストーリーを妄信しているわけにはいかないのだから。にもかかわらず、この国のインフラ更新あるいは運営や管理に対する政策論議は、相変わらず硬直的である。いつまでも道路特定財源の枠組みから抜け出せない。
 放っておけば、国民のライフラインが徐々に安全・安心から遠ざかっていく。片や先細りする財源、片や老朽化の足音が大きくなる社会資本。経済インフラへの投資にとって、まさに待ったなしの時代にさしかかっている。
 「日本のインフラは大丈夫か」――――。その答の鍵を握るのは、政府機関ではない。「新たな公」と「志ある投資」に表徴される民間、そしてその資金である。


出典:『ケンプラッツ』 2008年7月1日掲載 「道路整備に税金はいらない(3)」
http://kenplatz.nikkeibp.co.jp/article/const/column/20080630/523971/






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