時代の風




○技術家の地平(1) 〜 かつてこの国に技術家は存在した 〜

1.嵐を呼ぶ男
毎月のように太平洋路線を往復している。
この路線の所要時間は、往復するとちょうど20時間程度になる。
貴重なプライベート・タイムであり、元来は読書に充てることを第一優先にしている。
だが、時差の影響があって、連続的な読書に堪えきれなくなる時間帯がどうしてもやってくる。疲労と睡魔が襲ってくる時だ。
そのくせ我が家のベッドのようには簡単に眠りに付くことはできない。そんな時は、眠るために機内映画を見る。
見ながら寝られれば申し分なし、といったところだ。

だが、同じ路線を何度も往復していると、機内で見る映画もだんだん重複してくる。
やむなくいつもなら選択しないチャンネルに合わせる。

都知事の弟、石原裕次郎が主演する映画、「嵐を呼ぶ男」を観賞する羽目になったのもそんな契機からだ。
映画それ自体は単純明快。主人公は、石原裕次郎扮する北海道大学建築学科の学生。
金と地位とのために現場責任者の立場を悪用し、わざと工程を遅らせようとする父親を改心させ、
すでに間に合わなくなってしまっている工期を奇跡的スピードで追いつかせてしまう、というヒーローものだ。
無論、娯楽映画ゆえ恋あり、涙あり、友情あり、いろんなエピソードは盛り込んである。
が、所詮は裕次郎の魅力だけが売り物の、総じて典型的な二流映画であることは、誰の目にも間違いない。
恐らく昭和30年代の作品だろうか。そんな二流映画の中に、いまだに忘れがたい鮮烈な印象を与えてくれた一シーンがあった。

それは、父親の間違いを正そうとした時の、主人公の次のセリフである。

「――――父さん、あなたは立派な技術家のはずだ。技術家には技術家の矜持があるはずだ。僕はそんなお父さんを尊敬してきたんだ。‐‐‐‐‐」

このセリフは浅いまどろみの中にあった私を覚醒させた。それは耳に慣れない“技術家”という言葉のせいだった。

2.「家」「士・師」
芸術家、画家、作家。われわれ建設領域でいうなら、建築家。
“家”を接尾に持つ職業名称は多い。それらはいずれも現在なお健在であり普及している名称である。
だが一方、技術家となるとどうだろう。こんにち“技術家”と呼ばれている人は皆無ではないだろうか。
そう、もはや“技術家”という呼称は死語と化してしまっている。

現に、こうやってワープロで原稿を書いている今ですら、芸術家や建築家はワープロの漢字変換で即座に出てくるが、
技術家はいっぺんでは変換できない。「技術」と「家」を別々に変換する必要がある。
つまりワープロの常用語にも登録されていないのだ。

われわれ自身を省みても同じことが言える。われわれが自分を技術“家”と称することは決してない。
それどころか、へりくだって技術“屋”と自称している。
“家”も“屋”も発音の仕方によっては同じ「ヤ」ではあるが、技術家と技術屋では与える印象・受けるイメージは全く反転する、と思うのは私だけだろうか。

別の角度から同様のことを考えてみよう。
弁護士、公認会計士、税理士、あるいは医師、教師。建設関連でいうならば建築士。
いずれも“士”または“師”を接尾に持つ職業名称である。世間はこれらの職業の人々を「先生」と敬称する。

昔からの慣習であろうが、これらの資格を有する人々を初対面から「誰々さん」と呼ぶ礼儀知らずの一般人は少ない。
一方、建設業では建築士の向こうを張る技術士。これもれっきとした国家資格である。
しかもわが国では「技術」を標榜した唯一の資格である。
だが、資格の歴史が浅いせいもあってか、まだ技術士を「先生」と呼ぶことは慣習化されていない。
当然だが,先に述べた芸術家、画家、作家なども例外なく「先生」と呼ばれるのが社会通念である。
つまり、「家」あるいは「士・師」を接尾に持つ職業の専門家はすべからくわが国では「先生」と敬称されている。
「例外は、“技術士”と“力士”だけだ」とは、誰いうことなく伝播する辛辣なジョークである。

かつて、われわれの先達の中には、確かに「技術家」と呼ばれる人々が存在した。先生と呼ばれていたかどうかは知らない。
また、それはどちらでもよいことだ。
だが、いつの頃からか、この世の中から技術家が消滅してしまった。
と同時に技術家の抱いていた矜持あるいは誇り、また強烈な自負心や責任意識そして倫理観すらも消滅してしまったような気がする。

なぜ、技術家およびその精神は消滅してしまったのだろうか?

3.一家を成す、に足る資質
職業に「家」が付くためには、暗黙の了解がある。
それは、第一に個人であることだ。独立した存在であることだ。組織に属さないことだ。
属していたとしても、独自性を保つ立場が鮮明であることだ。
つまりは、独立自尊が失われていない、ということだ。
これを現代風に言いかえるならば、“個立無縁”ともいえよう。
もう一つの了解事項とは、その人が「一家を成す」だけの卓越した流儀と見識を備えている、ということだ。
すなわち、芸術家などに付けられた「家」という接尾辞は、「一家を成した個人」を認める勲章といってよいだろう。
無論、一家を成した多くの“先生”は弟子を取り、それが組織を形成する場合も多い。
だが、それは個人であることの原則を崩すことではない。
肝心なことは、他に類を見ない一つの流派を確立し、他に対して独立的な技能と見解を示すことが出来る、ということだ。
してみると、技術家の消滅は建設技術者の中で「一家を成すに足る個人」が消滅したことを意味する。
これは、極めて悲しく寂しい想像ではないだろうか。
確かに、公共事業を中核とする建設技術においては、芸術家あるいはそこまでいかなくても建築家、 のようなオリジナリティを発揮する場面に遭遇できない、といった側面も否めない。
しかし、それが単なる言い訳に過ぎないことは、“かつてこの国には技術家と呼ばれた建設技術者が存在していた”ことで自明であろう。
彼らについて言及することは稿を改めるとして、私は、こう考えたい。

かつて建設技術者に対して与えられた「技術家」という尊称は、 オリジナリティだとかデザイン性といったテクニカルな才能に対するものではなく、
大きくは事業、小さくは仕事、に関わる時、彼らが抱いた自然に対する畏敬と慈愛、
人工と自然との共生についての生得的な智慧、さらには透徹した国家観や歴史観あるいは公共意識、
そこから生じる自己犠牲・倫理観・責任能力といった精神的支柱に対するものではなかったか。

発展途上期あるいは戦後復興期にあった国家の未来のために、未知かつ不安定な技術に果敢に挑戦し、
自己犠牲を厭わずに国家基盤を形成してきた彼らは、確かに強烈な自負心に支えられていたはずだ。

それは、西洋でいうノブリス・オブリージュ(高貴なるものは民衆のためには自己犠牲を惜しまない)にも相通じる“武士道精神”であったろう。

だとすれば、今日時代が変わったとはいえ、技術家が消滅したままでよいはずはない。
なぜなら、われわれが自然観を醸成し直し、技術倫理に対する精神性を再考することによって、それは甦らせることができるからだ。
否、甦らせずに放置することは、技術家と尊敬された先輩たちが構築した歴史を空しく忘却させてしまうことになりはしないだろうか。

技術屋と自嘲することはもう止めよう。自らを技術家と呼ぶにふさわしい修養を積んでいこうではないか。
さもないと、われわれの時代の技術は歴史の罪人になってしまうかもしれない。
社会基盤の恐ろしさは、たとえ間違った考えのものであっても、いったん構築されたならば何十年という長きにわたってそこに存在し続けてしまうことだ。

われわれに課せられた命題は、何十年後を生活する人々に親和され、活用される息の長い社会基盤を形成し維持していくことにほかならない。
だとすれば、技術家といわれるためには、単なるテクニックや手法の乱開発ではなく、
未来を見据える社会観や歴史観それに自らの価値意識をぶれさせないだけの技術者倫理を日頃から鍛錬していくことではないだろうか。
経済とか効率だけが金科玉条である時代はもう戻ってこないし、もはや許してはならない。
また、国が主導し日本列島を画一的に造形するヒエラルキー的社会基盤整備では、すでに国民は納得しない。
共通、標準、一律あるいは同一、であることは嫌悪の対象にすらなりかねない。

技術家が自ら思考することによって、少なくとも数十年の評価に耐え得る土木技術を主張する時代に差し掛かった。





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